アダマール行列(4×4)全768種との長い長い戦いは終わった。とりわけ、アダマール行列(4×4)6乗根体(+)全320体との激闘はいまもまだ記憶に生々しい。
なのに、なぜ、勝利の美酒に酔いしれている諸君らの中でひとりわたしは浮かぬ顔をしているのか?
無聊を託っているわけではない。そう、わたしはいま、自らに真剣に問うている。
「これでアダマール行列を完全に沈黙させられたのか?」
いや、けっしてそうではない。正直、わたしたちがなしたことといえば、ある観点に基づいて、アダマール行列(4×4)全768種を分類しただけ。
なにを鼻白むことを。
せっかくの酒がまずくなるだけではないか。
わかっている。
が、どうにも気にかかることがあるのだ。
どうか、これを見ていただきたい。
どうだろう。ここで起きているのは、謎の全格子0消失現象。しかもここで重要な鍵を握っているのは行列積という演算であある。
なーに、気にすることはない。気ままに色々ためしていれば、そのような不可思議な光景を目にすることも、数の世界ではままあること。いわゆる〝偶然の産物〟というやつさ。
わたしはそう自分に言い聞かせた。
だが、ほんとうにそうだろうか?
ここでも全格子0消失現象が……。
先のケースとまったく同じことが起きているように見えるが、微妙に異なる。
さよう。このたびは、-でなく+により消失が実現される。よって、上記二つの事例は、どうやら対の関係にあるように見えるのである。
おや、何人かの者は食いついてくれたね。
それでもその怪訝顔から察するに、まだ疑っているようだ。
実をいうと、わたしは、こっそりとすべてのケースを調べて見た。
ここで起きている現象の背後にあるだろう驚くべき全景をお話ししたい。
さて、動画に登場していた主役となる格子体は6乗根体(+)から選ばれていた。
そう、これだ。
わたしたちがすでに知っていること。
それは、これに正負反転体❶~⓰型でアダマール積変換を行うと、
このように16種類の6乗根体(+)を得られるということである。
わたしたちはこれらを一つのグループとみなし、この手法を用い、アダマール行列(4×4)全768種を次から次へと分類することにひじょうな喜びを得たのであった。
念のため述べておくと、この16種の変換格子体たちはお互いにアダマール積でかけあわせることによって、正負反転体❶~⓰型を復元させることもできる。
事実を逆の方向から眺めると、また別の味わいがあるものだ。さて、ここからが本題である。わたしたちは、ここで演算をアダマール積→行列の積に変更してみることにする。
すると、当然のことながらアダマール積の場合とは異なる16種類の変換格子体を得ることができるだろう。
では、次に。
行列の積は順序を入れ替えると異なる結果が得られる。よって、ここで積の順番を逆順にして何が起こるか見てよう。
格子数が、-2or2のいずれかに限定されるという事実がまず目を引く。が、それよりも興味深いのは、順積と逆順積でまったく同型の格子体を生成する組が数多く存在するということである。
ぜんぶで10組。偶然というには、ちょっとはばかられる確率である。いや、ここに登場しない残りの格子体らは、互いに互いの反転型としてペアを組んでいることもすぐに判明する。
あまりにキレイすぎる。
つまり、怪しすぎる。
このような目覚ましい結果をもたらすのは、はじめに選んだ6乗根体の代表元がたまたま筋が良かったからだ、などと思う者もいるかもしれない。
そうだろうか。
別のパターンを見てみよう。
あきらかにここでも全格子0消失現象が起きている。
しかも二つのケースは正負の対称性を持たされている。
では、今回、わたしたちが選んだ代表元を正負反転体❶~⓰型で変換し、これらの現象の背景にある全体像を明らかにしよう。
これら16種類の変換格子体が準備できたところで、次にこころみることは、
そう、ここからは行列積の出番だ。
結果を示すと、
同じことを積の順序を逆向きにしてやる。
これで一通りのことはすんだ。あとは貝合わせよろしく、積順の異なる二つのグループ間で、生成格子体が共鳴しているものを探し当てる作業。奇妙なことにここでも完全同型のものが、
また、正負を反転させて一致するものたちが、
この10種/6種という分割は、先にも見た分割と同じである。
対称性が破れている、という点でも興味深い。
ちなみに、ここで見ている格子体らはすべて3乗すると単位行列のスカラー倍となるものばかり。具体的には、
この二つパターンのうちのどちらかを選ぶ。
スカラーが正数になるか、負数になるか、実際に一つ一つをチェックしてゆくと、
それぞれ10種/6種と分割される。
奇妙な一致。いったい何事か?
おやおや、みな酔いつぶれてしまった。
はたして寝た子を起こしてよいものやら……。